きょうは2026年6月1日。ということは、『わたしを空腹にしないほうがいい』の中に書かれている日から、ちょうど10周年。

(改訂版の発売からは8年! あっという間だなあ)

 

 

22歳のときに俳句のWEBマガジンのために書いたこの連載が自費出版ののち改訂版として出版され、その書籍がわたしを作家として働く人生へと導いたので感慨深さも一層大きいです。

10年かあ。しばらく読み返すこともなくなったけれど、改めてぱらぱらと捲っていると、勢いがあったなあと思います。本の中のわたしはいまのわたしとはもうすっかり別人なのに読者の皆さんにとっては出会ったその日が新刊で、それがいまのわたしの印象になるわけで不思議。でも、そうやって脱ぎ捨てるように自分の最新の最善を書いて、より最新が最善になるように書くことを続けたいと思っていて、これからもそれが一日でも長く続けばいいなあと思っています。

 

『わたしを空腹にしないほうがいい』という一冊は、わたしにとってまさかこんなことになるとは、の連続でした。

まさか連載を持たせてもらえる日が来るとは。

まさか自費出版する日が来るとは。

まさか絶版にしようと思っていたZINEを書籍化してくれる本屋さんが盛岡にあるとは。

まさか文庫本サイズでこんなにかっこいい本ができるとは。

まさかその本が全国で売られるようになるとは。

まさか売られ続けて10年間重版し続けるとは。

まさかバーコードがなく、大きな流通に乗っていない本が3万部を超えるとは。

まさか、その10年の間に専業作家になるとは。

 

 

 

というわけで、『わたしを空腹にしないほうがいい 改訂版』(BOOKNERD・2018)は、この春で21刷となり、3万部を突破いたしました。長く売り続けてくださっている書店の皆様、お手に取ってくださった読者の皆さんに心からの感謝を申し上げます。

 

改めて、この一冊は間違いなくわたしの人生を変えました。

この頃はこの本のことをちゃんと説明することが少なくなっていたような気がするのと、いろんな間違いを(ややこしくて面倒を掛けているのはこっちだしな~)と申し訳なくていちいち正すことが出来ずにここまで来たところもあるので、これを機にこの本について改めて説明させてください。

 

 

『わたしを空腹にしないほうがいい』は、俳句をタイトルにした食のエッセイ集です。タイトルが長いので空腹本(くうふくぼん)と呼んだり呼ばれたりすることもあります。

「わたし」と「ほう」はひらがなです(わたしは自分の作品内でひらがなにする文字を決めていて「私」と「方」はなるべく使わないのです)。

漢字は「空腹」のみと覚えていただけたら。(でもまあ間違ってもオッケー!)

 

当時は学生俳句会に所属していたこともあったのですが、今は俳句をほとんどやっておらず、これまでもいまも俳人とは名乗っておりません。わたしは短歌を書き、肩書を歌人としているのですが、この一冊だけは俳句の本で、ややこしくてもう本当にすみません……。

わたしの肩書は「作家」あるいは「歌人、作家」です。どこかに詩人か俳人と書いてあるのか、いまだによく間違えられる。

 

2016年、失恋や終活のぐるぐるぐねぐねしていた時期に俳句のウェブマガジン「スピカ」より6月の毎日更新の連載のオファーがあり、3日で30本を書きました。俳句さえあればどんな内容でも分量でもよいとのことだったので、ともだちの話かご飯の話どちらがいいですかねえと訊ねて、神野紗希さんにご飯がいいと言われたので食エッセイの連載にしたという記憶。(のちに、こちらで書かなかった「ともだちの話」が『うたうおばけ』になるのである!)

俳句のウェブマガジンだったため、毎回俳句がタイトル。連載だったため日付が入っている、という形ゆえ、書籍化する際にその日付ごと入れるか悩んだのですが毎日ちょっとずつ読んでもらうのでもいいかもなという思惑もあり日付がそのまま入っています。

てなわけで毎日書き溜めたわけではないので日記本ではありません。

 

連載が少し話題になり、ぜひ紙の本にしてほしいという声をいただいたことをきっかけに、思い切ってこの連載を2017年に自分で自費出版し、岩手県内を中心に販売しました。

 

(当時販売してくださっていたCygオンラインショップの画像です、懐かしい!)

 

友人の“毛蟹”にデザイン回りをすべてお願いし、実際に作った料理の写真なども多く入れたとても薄い一冊のZINE。この初版の時点では名義が漢字でした。重版もかけつつ、全部で400部。こちらは既に完売しており、わたしの手元にも2冊くらいしかないです。もし持っている方がいたら大切にしてください……。

 

手売りがあまりにもたいへんだったので、もう重版しない!と決めていたところ、取扱店舗のひとつだった岩手県盛岡市の書店BOOKNERD(ブックナード)の早坂さんが、うちで出版しませんか?と声を掛けてくださったのです。とはいえわたしも早坂さんも出版経験なし。右も左もわからない中でhomesickdesign 、株式会社吉田印刷(現北州ぷりん株式会社)には本当にお世話になりました。

それで出来上がったのが、いまも販売されていて3万部を突破した『わたしを空腹にしないほうがいい 改訂版』(BOOKNERD)というピンク色の表紙が目印の本です。

この本はBOOKNERDによって出版されたものであり、自費出版の本ではありません。自費出版をしていたのは最初の一瞬だけなのですが、未だに自費出版と呼ばれることが多いのが悩み。

自費出版と改訂版の二冊が出回る時期もあったため「改訂版」とつけてしまったのですが、事実上BOOKNERD発行のものが底本のため、『わたしを空腹にしないほうがいい』と、改訂版を略して書くことが多いです。(これもややこしくてごめんポイント)

 

まとめると

× 『私を空腹にしない方がいい』は自費出版のエッセイ集。俳人・詩人のくどうれいんによる俳句をタイトルにした日記本。

○『わたしを空腹にしないほうがいい』はBOOKNERD(ブックナード)によって出版されている。作家のくどうれいんによる俳句をタイトルにした食エッセイ集。

 

ということになります。何卒、よろしくお願いします……!

 

 

改訂版から『わたしを空腹にしないほうがいい』の装丁はhomesickdesign 、装画は山﨑愛彦、印刷は株式会社吉田印刷(現北州ぷりん株式会社)となり、盛岡産の本としてこの本がより広く届くためのチームができました。山﨑くんとはずっと昔から本が出ることになったら装画をお願いしたいと言っていたので夢がかなってとてもうれしかった。

改訂版になるにあたり、2017年6月の加筆「満腹は遠く」と、毛蟹と橋本玲奈さんとの「おかわり対談」を収録しています。(お二人ともご協力本当にありがとうございました!)

 

自費出版の青い表紙の時にあまりにも著者名を正しく読んでもらえず(そりゃそうだ「玲音(れいん)」て)、青い表紙の重版分からいっそひらがなにしてしまえ!と軽い気持ちでこの本から名義を「くどうれいん」にしていたので、改訂版では最初からひらがなにすることに。

それからこの本きっかけでたくさんの原稿依頼をいただくようになり、そのまま作家となり作家名が「くどうれいん」となるに至ります。

 

『わたしを空腹にしないほうがいい』はなんとか税込み1000円のままで発売当初から売られています。1000円以上で売られている場所があるのだとしたらだれかになんらかの利益が行く非公式な売られかたの可能性があるので、できればみなさんの街の本屋さんあるいはWEBでこの本を売ってくれている街の本屋さんで送料を支払って公式に手に入れていただきたい、というのが作者のきもちです。

というのも、この本は全国の街の本屋さん、特に「独立系書店」と呼ばれる書店の皆さんによって広く届けていただいて3万部を達成しているのです。

 

 

本には大きく分けて自費出版と商業出版とリトルプレスがあるとわたしは把握しています。

 

自費出版:作者が自費でつくり、販路も自分で開拓して在庫を自分で管理する。

商業出版:出版社が書籍を作り、その会社が持っている販路や流通に乗せて販売し、印税を著者に支払う。ISBNと呼ばれるコードがあり、バーコードもついている。

リトルプレス:商業出版より規模が小さく、自費出版よりはやや規模が大きい印象。出版を専門とする会社ではなく、別の仕事を持ちつつ少人数や個人で版元を立ち上げて書籍を作り販売する、自費出版と商業出版の間のようなやり方。こだわりの強い本を作るのに向いている手法でありながら、商業出版よりも返品が気軽にしにくいので、書店が取り扱うにはやや勇気がいることが多い。バーコードがついていないものが多い。

 

『わたしを空腹にしないほうがいい』はこのリトルプレスにあたる出版物です。リトルプレスと呼べる本は本当に幅広くあるのですが、それでも自費出版でも商業出版でもないこの本は「リトルプレス」と呼ぶのが一番しっくりくるなあといつも思います。

 

いまは出版の手法も多様化しているので一概には言えませんが、これまでさまざまな出版社と共に仕事をしてみて、大きな販路を持っている会社とそうではない版元では初版の部数がまったく違うということを実感しています。良い本を作ろうと努力するのは前提として、どうしても大きな販路を持っているほど、大きな流通に乗るほど本は多くの方の手に届きやすく、部数も重ねやすいのが現状です。

たとえ大きな流通に乗っていてもエッセイ集で3万部というのは相当難しい数なのですが、それがましてやこれぞ地道という売り方で3万部を達成した、というのは、結構ものすごいことなのでは、と、ありがたく誇らしいです。

 

『わたしを空腹にしないほうがいい 改訂版』刊行記念パーティー①はフルーツポンチパーティーでした、なつかしい!

 

刊行記念パーティー②はCafe&Living UCHIDAさんでのスコーンパーティー!たのしかったなあ

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売れてほしいとは祈りつつまさかここまで大きな一冊になるとは思っていなかった、という大反響。制作にかかわった各々が忙しい毎日を暮らすことで精いっぱいだった時期も続いていたためにこの本にかかわる様々なことを改めて検討できないままだったのですが、昨年末、3万部を目前に話し合いの場を持ちました。

 

正直なところそれは、『わたしを空腹にしないほうがいい』をこのまま刷り続けるべきかどうか、という話し合いでもありました。早坂さんとわたしは常に年の離れた友人のような間柄のまま手探りで本を作り、版元と作家としての適切なコミュニケーションを構築できていないと気付きました。8年の間にBOOKNERDは移転してお店が大きくなりほかの出版も手掛け、わたしは専業作家になり毎年何冊も新刊を出しているにもかかわらず、お互いに本づくりの知識がまったくなかったころのままでこの書籍の運用を続けてしまっていたのです。

ここ数年ずっと、空腹本を出せることが当たり前、出してもらえるのが当たり前になってしまって、重版もいつ行われたかわからず一緒に祝うこともないような状態といつか向き合わなければと思っていました。

感謝を言い合わず重版を続けるのなら、ほかの出版社から出す、あるいは絶版にするということも含めての検討をせざるを得ず、それは本当につらい時間でもありました。自分の本のことを「わが子」と喩えたりすることを正直これまでは気持ちが悪いと思っていたのですが、引き裂かれゆくこころのなかで、なるほど、これはたしかにわが子かもしれないなと思った年末でした。

 

たくさん考えて考えて、早坂さんの考えも聞き、話し合いを重ね、ZINEから作家になったからこそ、最初の一冊はそのままの状態で、わたしの原点として盛岡から売られ続けていてほしい。最初にわたしを見つけてくれたBOOKNERDと引き続き『わたしを空腹にしないほうがいい』を出し続けようと決めました。

 

 

実はこれまでありがたいことに『わたしを空腹にしないほうがいい』には様々な出版社から、単行本あるいは文庫版としての商業出版のお声掛けをいただいています。ただ、そのためには必ずと言っていいほど大幅な加筆が必要で、また、大きな流通に乗れば乗るほど、これまでリトルプレスのこの本を応援してくださっていた各地の独立系書店の皆さんは入荷しにくくなってしまう、という問題があり、どうしてもわたしにはそれが粋なことと思えませんでした。

こだわりの一冊をこだわって売ってくださる各書店さんへの恩もあり、あまりにも手に取りやすい一冊になることを受け入れられない。しかし地方に暮らす人間として、どの本屋でも手に取れるようになることがどれだけ重要なことかもわかる……葛藤もありましたが、お引き受けをすることはありませんでした。

 

『わたしを空腹にしないほうがいい』は盛岡に暮らすわたしによる盛岡産の一冊であってほしい。わたしの他の本が大きな流通に乗るようになったいまだからこそ、探さないと手に入らないと言われてしまうような一冊があったっていいじゃないか、と、いまは思っています。

(読み返すとあまりに粗削りな勢いのある一冊だとも思っていて、十年前のものをいまの注目度で大きな流通に乗せたいかと言われると、欲しい人にこっそり売れていてほしい、という照れも、もちろんあります。)

 

その上で、homesickdesignも含めて『わたしを空腹にしないほうがいい』製作チームで数年間お互いになあなあになっていたことをしっかり明らかにして再出発しよう、という結論になりました。わたしは重版報告や告知面で早坂さんに言いたいことがあってもどうしても(出版社じゃなくて本屋さんなのに他の版元と同じようなことをお願いするのも悪いなあ)と思って言えなかったこと、これまでのこの本の利益がどうやって使われていたのか、など、しっかりと話を聞きました。

わたしはこの本に関してはコロナ禍の2020年から印税を受け取らず、その分できるだけ長く刷ることに利益を使ってほしいとBOOKNERDにお願いしていたのですが、無償はやはりよくないということになり、この度の21刷からは印税をいただくことになりました。この本にかかわる全員が無理をせず、しかし盛岡産の一冊であることは変えずに発行し続けようということになり、それを機に遅すぎではあるのですが出版契約も結びました。

 

2018年、『わたしを空腹にしないほうがいい』出版直前のわたしと早坂さん。

親しき仲にもパブリッシング契約あり!

 

そんなわけで、いままでと同じだけれど、新装開店のような21刷!

『わたしを空腹にしないほうがいい』を引き続き、よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

この先の人生がなにもわからなくなった2016年の初夏、食エッセイを書こうと決めたとき、「わたしを空腹にしないほうがいい」という言葉がまるで背骨を貫くように思い浮かびました。タイトルが決まって、パソコンの画面におでこをくっつけるようにして書き上げながら(わたし、こんなに書きたかったんだ)とわかったときの興奮は、昨日のように思い出せます。

10年だってよ、まだ書いてるぜわたし!

 

改めて、この本を作るまでに出会ってくださったみなさんと、この本と出会ってくださったすべての皆さんに感謝をお伝えしたいです。

本当にありがとうございます。

 

 

また書くよ!

 

2026年6月1日 くどうれいん