BLOG 壁を拭く
Twitterのアプリを削除して数日。もっと早くそうするべきだった。Twitterに呆れるよりもTwitterを辞めようとしない自分につくづく呆れたというほうが近い。お知らせだけPCからログインして投稿すれば済むのにアプリを削除しなかったのはタイムラインを見るためだった。もうないアプリを探そうとして(お、っと、ないんだった)となってTwitterを開こうとしてしまうことに凹むのを繰り返している。書けるところがないとぐあーだのぐおーだの思って喉を掻きむしりたくなるような気持ちが来てもそれがからだから抜けていく速度がいつもより早い。なんだ。辛いからTwitterしてしまうんだと思っていたが、Twitterしていたから辛かったのかも。タイムラインがなくなったら時事に追いつけなくなるのではないかと思っていたが、TwitterにはTwitterの時事しかなく、それは日常に必要ない。見せようと思うんだったらツイートより日記のほうがずっと健康的だ。ホムペのころに戻るだけ。
翔に4月の連絡をすると翔も少し前にTwitterのアカウントを消しているどころかすべてのSNSを一気にやめていたらしく、「明らかに目が良くなりましたよ」とのこと。視力の話なのかもっとたましい的な目の話なのか、どっちでもいいしどっちもかもしれない。もつ焼きのうまい店情報。すぐピンつける、遠いけど。Rちゃんからおすすめのかっさと歯ブラシのURL送られてきて歯ブラシのほうを注文する。タオちゃんからは「剥き出しの柑橘類があまりにも綺麗でLINEした」と突然連絡が来てうれしい。わたしはTwitterしたかったんじゃなくて好きな人たちの近況が見たいだけだったんだな。かつてのホムペにはリアルっていう頻度高く更新していいブログみたいなのがあってさ。あったんだよ、alfooとかさ……と調べたらこの3月末でサービス終了するらしい。まだやってたんだという驚きのほうが大きい。(バックアップとっときな、財産だから。)
きょうの午前はずっと泣いていた。泣いているのは珍しいことではない。知らない人にいきなり「れいんちゃん」と言われるのはいやだ。知らない人だから。ここに書けるのはそのくらい。言われていないことを言われているだろうと思って毎日傷ついている。それってわたしなのに。だれもいないのに。
きょう泣いたのはそれとは全く関係なくてそれよりずっと深刻だけど。去年は泣いたりしていることをどこにも書かずにいるほうが偉いと思おうとした一年だった。みんな泣いてるけど泣いてるって言わないだけだ。それは無理して我慢しているわけじゃない。言ったところでなんともならないし、心配してもらっても面倒くさいし、泣いているのって本当に自分のせいだから。思ったことをわりとなんでも書いてきたせいで黙るのにも練習が要る気がしていたけど、だるい、というひとつだけで黙ることができるのも何となくわかってきた。書くのが仕事になってからどんどん黙りたくなっていて不思議。
ながらく解決していないことがいくつもある。春はいつも不服。死んでしまった人と犬のこと。何遍頭の中でやりなおしてもうまくいかない会話。納得いっていない昨年のこと。もっと謝ってほしいことがたくさんある。もっと謝りたいことがたくさんある。思考が頭の中にひらいてひらいて収拾がつかず、白い涙を流したつもりでいつまでも透明でくやしい。どこへ行ってもふてくされている。うまくなりたい。はやく。だったら。わかってるよ。わかってないなにも。
泣いていたら壁が汚れていることに気が付いて、泣きながらウエットティッシュで壁を拭いて、拭けば汚れはとれた。いまわたしには壁を拭くようなことが足りていないのかもしれない。