群像4月号に短篇「昨日まで」を書きました

<群像目次より>

【震災後の世界15】くどうれいん「昨日まで」

震災のことを「あの日」と呼ばれるとどうしても無気力になる。その日が私の三月十一日と同じ日なのか、わからなくなってしまう―― 十五年の時間をかけてそことここのあわいは変わっていった。五人の心に去来したさまざま。

群像2026年4月号

盛岡、仙台、八戸が舞台の小説です。

去年(2025年)12月8日23時15分頃に青森沖を震源とするとても大きな地震がありました。その時久々に(思い出した)という感覚があり、そのあとすぐに(けれどそれって何を?)と思い、その感覚を残しておきたいと思ったものです。東日本大震災のときに高校生だった女性を主人公とした中篇小説『氷柱の声』を発表してから5年。まったく別の物語、けれど同じ東北に住む人たちのことを書きたかった。

地震ってどこに誰といるときに来るか選べないのだと書きながら改めて思いました。そして、揺れない限りその怖さを思い出すことが出来なくなっていることも。「忘れない」とみるみる物語にされてしまう大きな編集に抗い、わたしたちはどうやってわたしたち個人の震災を忘れずにいられるのだろう。そして明日の隣席にいるかもしれない、忘れたくても忘れられないほどつらい思いをした人に寄り添うことができるのだろうということを思いました。

『氷柱の声』以降、作品を書いた責任と向き合う5年でした。書くまでは「もっとつらい人たちがいるのに」と謙虚の殻に守られて思考停止をしていたのが、書いたのだからもっとちゃんと見ないといけない、と思うようになった気がします。書くことで震災に対する接点を持ち、「わからないので」「被害もなかったので」と言う逃げ道を絶ったのかもしれない。あのとき辛かった人たちと、少しでも何かを一緒に負いたかったのかもしれないと思ったりもする。「大きな被害だった」というその大きさの中にもあまりにも様々な個人的な体験がありすぎる。出来るだけ誰も残さなそうな、こんなこと思っていいのかなとすぐに隠したくなるような感情から順番に書き続けるということが、岩手に暮らし続けるわたしに出来ることなのではないかと今は思っています。

「昨日まで」はもちろんですが、『氷柱の声』をぜひ読んでほしいです。震災の本を読むことに抵抗がある人にこそ読んでほしいけど、そのためにどうしたらいいんだろうなあ。