毛越寺 令和8年「曲水の宴」のこと
先週末の日曜日、5月24日に岩手県平泉、毛越寺にて行われた「曲水の宴」に参宴させていただきました。
思っていた以上に気を張っていたのか、出番を終えたらとんっと首の裏を打たれたように眠くなり、18時から12時間以上眠りました。久々の長くて深い眠り。起きてからもぼーっとしていて、あれは夢だったのではないかと思うほどのすばらしい時間でした。
夢じゃなかったので、せっかくなのでちゃんと書き残して置こうかと。
そもそも、曲水の宴とは――
曲水の宴(ごくすいのえん)は、遣水(やりみず)に盃を浮かべ、その流れに想いを馳せながら和歌を詠む、平安時代の優雅な歌遊びを再現した行事です。
参宴の歌人のうち男性は衣冠(いかん)、狩衣(かりぎぬ)、女性は袿(うちぎ)、十二単等という装束をまとい、水辺に座ります。
開宴の言葉、歌題披露に続いて、雅楽に合わせて延年の舞「若女」が奉納されます。
やがて盃を乗せた羽觴(うしょう)が遣水に流されると、歌人たちが歌題にしたがって和歌を詠み短冊にしたためて、流れてくる盃を傾けます。
結びに講師(こうじ)が歌をよみあげ、終宴となります。
(毛越寺公式HPより)
池に水を引き入れる「遣水」は平安時代の唯一の遺構で、毛越寺の遣水は全国的にも極めて珍しいものだそう。その遣水で、当時の行事をやってみよう、せっかくならば、本物の装束で! という催し物が、40周年になったということです。
※コロナ禍や遣水の工事などで開催されていない年もあるため、回としては第35回
そして令和八年の曲水の宴が開催されました。
岩手県の平泉でとっておきに雅な催しがあることは知ってはいたものの見に行ったことはなく、初夏になるたびにニュースで見てすごいなあきれいだなあと思うくらいでした。まさか自分が装束を身に纏って参宴する日が来るなんて。
参宴者は例年東北の歌人クラブから各県持ち回りで選出されたり、推薦があって決定されるようです。今年は曲水の宴40周年であることと、平泉の世界遺産登録15周年ということもあり、歌人の参宴者は岩手から選出、そして、わたしにもお声掛けをいただいた、という流れ。岩手に住み続けていてよかった、と、出番を終えてしみじみ思っています。こんなに手の込んだ豪華な催しであれば、岩手東北のみならず全国から歌人を招いてぜひ一人でも多くの歌人にこの経験が得られたほうがいいのではないか、と大興奮。こんな貴重な経験をわたしがさせていただいてよかったのだろうか、と思うほど、身に余るありがたい時間でした。
わたしは袿(うちぎ)という装束でのお役目をいただきました。うたを詠み、それを短冊にしたためる役目です。
今年のお題は「光(ひかり)」。
光――!わたしが一時期もう封印しようと思うくらい頻用してしまうほど大好きなモチーフだったので、勝手にご縁を感じました。
参宴者は前日から毛越寺入りし、衣装合わせやリハーサルを行いました。
衣装合わせでは装道の華麗なる先生方がずらり。準備から本番まで着付けやヘアメイク等すべての身の回りのお世話をいただき本当に心強くかっこよかったです。慣れない和装どころか国語の資料集で見ていたような装束が目の前に広がり、静かに大興奮。袴をはいてから羽織るんだ!かつらはこんな風なんだ!と目に映るものすべてが新鮮でした。
リハーサルをしている間も緊張が解けず、あしたちゃんとできるだろうかと思っていたらあっという間に終了。
心配だったのはお天気。屋外での行事かつ水に濡れたらいけない装束なので雨は大敵です。日曜の予定はずっと小雨だったので、なんとか晴れてくれと毎日何度も天気予報を確認して一喜一憂していました。わたしは実はとんでもない晴れ女なのですが、名前が「れいん」ゆえ、幼いころから雨が降ると「れいんがいるからだ」と言われてどうしようもないけれど申し訳ない思いばかりしてきた人生だったので、この日ばかりは、と本当に胃が痛かった……。
参宴者は大泉が池を龍頭船と鷁首船に乗って会場へ向かい、それがこの行事の見どころのひとつなのですが、雨が降るとこの船の乗船がなしになる、とのことだったので、なんとか乗れますように……と船に祈ってから宿泊地へ。

た、たのむ……。
宿泊は毛越寺からとても近い「武蔵坊」というお宿で、これがまた、歴史と文化を感じるとても素敵なお宿でした。温泉があるって素晴らしい。緊張して仕方ない身体を癒すのにぴったりでした。
懇親会では参宴者と主催者等関係者の皆さんと懇談し、当日に飲む盃のお酒もいただきました。世嬉の一の原酒。これがうんと美味しくて、明日もこれが盃に流れて来るなんてうれしすぎると言いながら、ほんの舐めるだけにするつもりがちょっとだけ飲んでしまいました。
なんでも平泉や一関のあたり?には「お天気まつり」という言葉があるらしく、何か大事な行事の前日に、天候がよくなることを祈りながらお酒を飲むことをそう言うらしいのです。調べてみると東北の言葉と出てくるのですがわりと岩手県北で暮らしてきたわたしは初めて出会った言葉でした。たくさん飲んだ人たちが「いや~お天気祭りがんばったがんばった」とたらふくの笑顔になっていて、なんだこのいい文化はと思った。お天気まつり。これからも生活に導入したいお祭り。お食事もどれもほっぺのおちる美味しさで、すっかり出番を終えたような満足感を得た夜でした。習字の練習をして就寝。
翌朝は起きてすぐ習字の練習。その字が皆さんに公開されるわけではないけれど、緊張の中できることは少しでもこの回のための作業をすることかもしれぬ……と思い黙々と書き続けました。小学校の頃にちょっとだけ習っていただけで、ああこんなことなら書道を習っておけばよかったと何度思ったことか。武蔵坊さんの朝食では美味しいご飯にとろろと明太子と温泉卵をのっけて混ぜ、わたしはこの世で一番好きな食べものはとろろたらこ温泉たまごご飯かもしれないよ、などと泣きそうになりながら夫に力説するなどした。緊張しすぎて朝食がうまいだけで泣きそうになる。大丈夫か。とにかく食事の美味しさに心をほぐされてありがたいお宿でした。
9時過ぎから着つけ、お化粧。お化粧は水化粧と呼ばれる水に粉を溶かしたものを刷毛で塗って、スポンジでトントン叩きながらなじませるものでした。普段のヘアメイクとは全く違う道具。どんどん白くなっていく顔に感動! おしろいの香りが大好きなので、顔中その香りがしてとても優雅な気持ちに。わたしの担当をしてくださった介添の方が本当に素敵な方でうれしかった。終始お世話になりっぱなし。
前日に衣装合わせをしていたので安心ではあったものの、一度着てからは出番を終えるまであまり気さくにお手洗いには行けず、水をがぶがぶ飲まないように気をつけました。お昼ご飯も緊張で喉を通らず、激緊張のなか、いよいよ着付けを終えて外へ!
(終わった後にお弁当はたいらげました。斎藤松月堂さんのお弁当は旬を感じつつ食べやすく冷めても味がまったく落ちておらずどれも感動のおいしさでした!)(さっきから食べ物のことばっかり話している気がしてくる)
雨は奇跡的に止み、晴天同様のスケジュールでの開催が決定! よ、よかった!

じゃん。
家族を見つけて笑顔になった写真はここまでで、あとは緊張してこわばった顔でした。自分では微笑んでいたつもりだったんだけど、そんなんじゃ足りないくらい口角を上げなくちゃいけなかったなあ。

参宴者と装道のみなさんで本堂の前で記念撮影。すごいよなあ。
十二単の松田さんがとても美しく、絶えず笑顔ですばらしくかっこよかったです。姫……と時が止まるようだった。
転んだりしないか不安になりつつも乗船して遣水へ到着。開宴までしばし待ちました。

このとき知り合いや読者の方やリスナーさんが来てくださっていて後ろから声を掛けてくださってうれしかった。えーっとはしゃぎたい気持ちを堪えながら、いよいよはじまると実感して緊張よりもふわふわしたきもちになってきた。

位置について延年の舞がはじまったあたりで、ぽつぽつと雨が……。
しかし、この雨がとても美しくて驚きました。遣水の水面に雨粒ひとつひとつが波紋を広げ、雅楽の美しい音色の中で静かに消えていくさま。目の前には平安装束の人々がいて、いま、ここが2026年の令和であることを忘れるような時間でした。

墨をすりながら考え、短冊にうたをしたため、稚児の運んできた盃のお酒を飲み、空になった盃には季節のお花を置いて返します。
小雨で短冊も濡れていたのですが、気に入ったように書けてほっと一安心。
すると、目の前に差し出された盃にお酒がなみなみと注がれていて、うれしさと困惑。昨晩こんなにおいしいお酒ならなみなみ注いでください、と言った冗談がまさか本当になるだなんて……! なんとかふたくちで飲み干すと、顔がぽわーんとふわふわする感覚が。しまった。空きっ腹なうえ喉が渇いた状態でこんなにお酒をくいくいと……! 酔っぱらったかと思いましたが、雨で冷えてゆく身体にじんわりと熱が入り、よりこの時間に没頭できました。
霧雨と小雨の間を行き来するような天候でしたが、どの雨も光を蓄えているように見えてとてもきれい。ゆるやかに流れのままに進む羽觴を眺めているだけで、一秒が一年のような、一年が一秒のような、とにかくここに自分のこころと自然だけが存在しているような澄んだ心地がして、それが本当にしあわせでした。このあたりからはもう緊張よりも、この時間が終わってしまうことが惜しいというきもちでいっぱい。雅楽とはこんなにも風に乗って鮮明に聞こえるものだったんだなあ。

自分の歌が宮中歌会始披講会の方に読み上げていただいている間はよろこびに震えました。なんて贅沢なこと。目で読むのと耳で聞くのではまた違った味わいがありました。ほかの歌人の皆さんの歌も素敵であっという間に全員の披講が終了。(発表された歌の一覧は毛越寺Instagramで読めます)
無事に終宴となりほっとしたら、頬がやわらかくなってようやく笑顔が上手にできたような気が……!

帰りの船のここちよさったら。共に歌人だった田浦さんがわたしの後ろの席から「なんてしあわせなんだろう、このままずっと池を回っていたい。ああ、きもちいいなあ、しあわせだなあ」とおっしゃっていて、全く同じ気持ちになってちょっとだけうるうるしました。
本堂にお礼のお参りをして、一切が終了。着るのはあんなに大変なのに脱ぐのは一瞬で、幻が解けていくような一日でした。
折角なのでわたしの和歌を。
よそとせの歌のながるる庭の瀬のひかりのなべてことのはと見ゆ
歌意:四十年歌を流しつづけてきた毛越寺の庭の水辺では、すべてのひかりがまるで言葉のように書かれることを待って輝いています。

長く眠った翌朝にもう一度書きました。本当に夢のような時間でした。
曲水の宴のために準備をしてくださった関係者の皆様に、感謝の気持ちでいっぱいです。平泉の温かく厚いおもてなしと、圧倒的な歴史や文化を守ろうとする人たちの活動に触れて胸が熱くなりました。曲水の宴、知ってはいるけれど見たことがないなあという方はぜひ行ってみてください。岩手じゅう、そして全国、世界中のみなさんに、平泉という場所があり、そこで流れる時間がすばらしいということを一人でも多く知ってもらえたらいいな、わたしももっと深く学びたいと思うような一生ものの経験でした。